光と本に抱かれる空間で、忘れられないカフェアアルトのビルベリータルトを味わう
ヘルシンキ・ヴァンター国際空港の喧騒を抜け、Uberで滑るように市内へ。旅の拠点となるSt. George Hotelにチェックインを済ませると、窓の外にはまだ真昼のような光が満ちていた。時計の針は18時半を指している。これが、かの有名な白夜か。北欧の夏がくれる長い一日は、旅人の心をどこまでも自由にしてくれる。
コンパクトで歩きやすいヘルシンキの街。この貴重な時間を無駄にはできない。飛行機の中で立てた計画を実行に移す時が来た。最初の目的地は、アカデミア書店。そして、その中にある「CAFE AALTO」で少し遅めの夕食をとること。期待に胸を膨らませ、部屋の鍵を閉めてホテルの外へ。肌を撫でる空気は、驚くほど生暖かかった。この時、ヘルシンキが観測史上最大の熱波に見舞われているとは、知る由もなかった。
アカデミア書店への道のりと、アアルト建築との出会い
ホテルからアカデミア書店までは、心地よい散策コースだ。街の景色を楽しみながら歩いていると、左手に重厚な建物が見えてきた。北欧最大のデパート、STOCKMAN(ストックマン)。後で立ち寄ることを心に決め、さらに歩を進めると、目的地のビルはすぐそこにあった。

ビルの横手にある入口は、驚くほどシンプルで飾り気がない。ワイヤーメッシュの入ったガラス扉と、重厚なブロンズ色のフレーム。まさに北欧デザインの精神性を体現したかのような、機能的で無駄のない佇まいだ。この静かな入口の向こうに、どんな世界が広がっているのだろうか。
一歩足を踏み入れると、そこはフィンランド語の書籍が並ぶ、静謐な空間だった。しかし、本に目をやるより先に、私の視線は天井へと吸い寄せられた。中央が巨大な吹き抜けになっており、象徴的な天窓から柔らかな自然光が滝のように降り注いでいる。なんて心地よい空間なんだろう。

お目当ての「CAFE AALTO」は2階にある。期待を込めてエスカレーターを上がると、そこには息をのむような光景が広がっていた。天窓のデザインが、下から見るよりもさらに美しく、その幾何学的な形状が光を巧みに操っている。建物の中にいながら、太陽の存在を身近に感じられる幸福感。この旅で、ヘルシンキには光を大切にする建築が多いことに気づかされるのだが、その最初の感動がこの場所だった。

閉店間際のカフェアアルトで味わうビルベリータルトと、人の温かさ
吹き抜けの回廊を奥へと進むと、目的の「CAFE AALTO」が見えてきた。大理石の壁に輝く金色の文字。しかし、店内にはほとんど人の姿がない。閉店時間が近いのだろうか。一抹の不安を抱えながら、カフェの領域へと足を踏み入れた。

そこは、シンプルながらも洗練の極みと呼ぶべき空間だった。天井から吊るされた無数の真鍮製ペンダントライトが、温かみのある木目のテーブルと、重厚な黒のレザーチェアを優しく照らし出している。ミニマルでありながら、ディテールにはゴールドが効果的に使われ、上質な雰囲気を醸し出している。

ヘルシンキ旅行者におすすめしたいカフェアアルトのメニュー選び
まずはショーケースを覗き込む。クロワッサンやドーナツ、色とりどりのケーキが並び、甘い誘惑を放っている。

奥のショーケースには、ケーキだけでなくキッシュやミートパイといったセイボリーも。その中に、今回の旅で絶対に食べると決めていた一品を見つけた。濃い紫色が美しい、ビルベリーのタルトだ。

心の中でオーダーを決めていると、店員さんが穏やかな笑顔で声をかけてくれた。ゆっくりとした優しい英語で、オーダーは席で承るとのこと。しかし、続けて告げられたのは、やはり閉店時間が迫っているため、メニューが限られているという事実だった。一番のお目当てだったサーモンスープは注文可能かと尋ねると、答えは「ノー」。私の落胆した表情を見てか、彼女は「アイム・ソーリー」と心から申し訳なさそうに謝ってくれた。その優しさに、がっかりした気持ちがすっと溶けていくのを感じた。
「ショーケースの中のものは、何でも大丈夫ですよ」。その言葉に、私たちは気を取り直してメニューを再構築する。夕食として、キッシュとミートパイ。そしてデザートに、念願のカフェアアルト ビルベリータルト。喉の渇きを潤すアイスカフェラテと、口直しのためのハーブティーも忘れずに。閉店間際の客に嫌な顔一つせず、静かに待ってくれる店員さんへの配慮から、私たちは素早く注文を済ませた。
静寂の中で味わう、一皿ごとの物語
客は私たちだけ。選び放題の席の中から、ショーケース近くのテーブルを選んだ。私たちが注文を終えると、店員さんは手際よくショーケースのケーキに乾燥防止のカバーをかけ始めた。一日の終わりを告げる、静かな儀式のようだ。その時、一人の老婦人が来店した。店員さんは私たちにしたのと同じように、丁寧かつ優しく状況を説明している。その光景が、このカフェの品格を物語っていた。

すぐに飲み物が運ばれてくる。アイスカフェラテは香ばしく、ハーブティーは心を落ち着かせる香り。まるで、店員さんの優しさが溶け込んでいるかのような、深く、そして穏やかな味わいだ。

続いて、キッシュのプレート。ここで初めて、たっぷりのグリーンサラダが付いていることを知る。新鮮な野菜の瑞々しさと、シンプルなドレッシングが絶妙だ。美味しいサラダは、メインへの期待を否が応でも高める。そして、その期待を裏切らない、ふんわりと焼き上げられたキッシュ。卵とクリームの優しい味わいが口いっぱいに広がる。
次はミートパイだ。ぎっしりと詰まったフィリングは、大味なものではなく、丁寧に煮込まれたボロネーゼソースのよう。サクサクのパイ生地との相性も抜群で、ハーブティーがその豊かな風味をリセットしてくれる。

ついに実食!カフェアアルトのビルベリータルト、その人気の理由
そして、ついに真打ちが登場した。カフェアアルトのビルベリータルト。旅立つ前から、数々のガイドブックやブログで絶賛されていた、憧れの一品だ。

フォークをそっと入れる。艶やかなビルベリーがたっぷりと乗った断面は、それだけで芸術品のようだ。一口、口に運ぶ。その瞬間、目の覚めるような衝撃が走った。ビルベリーの野生的な酸味と、それを優しく包み込むクリームが見事なハーモニーを奏でている。特筆すべきは、このクリームが全く甘くないこと。まるで上質なヨーグルトのような爽やかさで、ベリーの風味を最大限に引き立てている。サクサクとしながらも、しっとりとしたタルト生地も完璧なバランスだ。これは、美味しい。いや、そういう言葉では足りない。いくらでも食べ続けられる、魔法のようなタルトだ。多くの人々を虜にする理由が、一口で理解できた。名残惜しくも、あっという間に最後の一口を食べ終えた。
アカデミア書店 カフェの歴史と知っておきたいこと
この素晴らしい体験の後、私は「CAFE AALTO」についてもっと知りたくなった。なぜこの空間はこれほどまでに心地よく、多くの人々を引きつけるのだろうか。
アルヴァ・アアルトの哲学が息づくカフェの成り立ち
「CAFE AALTO」が位置するこの建物、通称「鉄の家(ラウタタロ)」は、フィンランドが世界に誇る建築家、アルヴァ・アアルトによって1969年に設計された。彼が手掛けた最後期の作品の一つであり、アカデミア書店はその中心をなす存在だ。アアルトは、機能性だけでなく、人間的な温かみや自然との調和を重視したことで知られる。このカフェも例外ではなく、彼がデザインした真鍮のペンダントライト「ゴールデンベル」や、アルテック社の家具が配され、空間全体がアアルトの美学で統一されている。大理石の壁、木の温もり、そして天窓から注ぐ自然光。すべてが計算され尽くした、まさに「過ごすための空間」なのだ。
フィンランドのスイーツから軽食まで、人気のカフェアアルト メニュー
今回私が味わったカフェアアルト ビルベリータルトは、間違いなくこのカフェの看板メニューだ。フィンランドの森で採れる野生のベリー「ビルベリー」をふんだんに使ったタルトは、多くのヘルシンキっ子や観光客に愛されている。また、残念ながら今回は味わえなかったが、クリーミーで濃厚な「サーモンスープ」も必食メニューの一つ。フィンランドの伝統的な味を、洗練された空間で楽しむことができる。他にも、ショーケースに並ぶシナモンロール(コルヴァプースティ)や各種ケーキ、キッシュなども人気が高い。訪れる時間帯によって、朝食、ランチ、フィーカ(コーヒーブレイク)と、様々な楽しみ方ができるのが魅力だ。
まとめ:最高の体験をくれたカフェアアルトのビルベリータルト
ヘルシンキ初日の夜、閉店間際に駆け込んだ「CAFE AALTO」。それは単なる食事ではなく、光と建築、美味しい食事、そして人の優しさが織りなす、忘れられない体験となった。特に、カフェアアルトのビルベリータルトの味は、今も鮮明に記憶に残っている。あの爽やかな酸味とクリームの調和は、ヘルシンキの夏の光そのものだったように思う。次にこの街を訪れる時は、必ず昼間の賑わいの中で、今度こそサーモンスープを味わいたい。そう心に誓い、私たちは満足感に満たされてカフェを後にした。
公式サイト: http://cafeaalto.fi/
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