なぜ僕、CityNomixはリスボンを目指し続けるのか
会社を立ち上げて無我夢中で走り続けた日々。ふと立ち止まった時、自分の進むべき道を示すコンパスを失った感覚に襲われたことがありました。Webから絶え間なく情報を浴び続けても、何かが決定的に足りない。五感を揺さぶり、知的好奇心を根底から刺激する、リアルな熱量への渇望。その思いが僕を突き動かし、世界最大のテクノロジーカンファレンス、Web Summitへと導きました。
Photomoを運営するCityNomixとして、普段はデジタルマーケティングのロジックの世界に身を置きながらも、僕の心のコンパスは常に、世界の街角で生まれるローカルなカルチャーの発見へと向いています。「歩いて、撮って、書く」。その精神は、テクノロジーの最前線を追いかける旅でも変わりません。スクリーン越しの情報だけでは決して掴めない、未来が生まれる瞬間の空気、人々の熱気、そして議論の渦。それを自らの肌で感じ、掬い上げ、Photomoの読者であるあなたと分かち合うこと。それこそが、僕が毎年リスボンの地を踏む理由です。
この記事は、単なるカンファレンスのレポートではありません。僕が2019年、2023年、そして2024年と、定点観測を続けてきたからこそ見えてきた、テクノロジーと社会をめぐる壮大な物語です。データと規制がぶつかり合った時代から、生成AIへの熱狂、そしてコストという現実と向き合う現在へ。この大きな潮流を理解することは、来たるweb summit 2025に参加するあなたにとって、最高の羅針盤となるはずです。さあ、未来を識るための旅へ、ご一緒しましょう。
Web Summitとは何か?― テクノロジーの未来が「議論」される場所
毎年11月、ポルトガルの首都リスボンには、世界150カ国以上から70,000人を超える人々が集結します。起業家、投資家、エンジニア、マーケター、そして世界の行く末を案じる政策立案者たち。彼らが一堂に会する場所、それがWeb Summitです。ラスベガスのCESが「完成品」の華やかな発表会であるならば、Web Summitは「未来」を議論し、そのコンセンサスを形成していく、混沌と熱気に満ちたプラットフォームと言えるでしょう。特にヨーロッパで開催されるからこそ生まれる、独特の空気がここにはあります。侵略と独立の歴史の中で自らの権利を勝ち取ってきたヨーロッパの人々は、テクノロジー、特にアメリカの巨大テック企業に対して、健全な批評精神と「好きにはさせない」という気概を持っています。この緊張感が、議論に深みを与えているのです。
僕が参加してきた過去3回は、その時代の空気を象徴する、それぞれ全く異なるテーマに支配されていました。

2019年:『データ vs 規制』の時代
僕が初めて参加したこの年、世界は「データは新たな石油だ」という熱狂の中にありました。しかしその傍らには常に、EUが施行したGDPR(一般データ保護規則)という強力な「規制」の影がつきまとっていました。イノベーションとプライバシーの緊張関係。その象徴が、エドワード・スノーデン氏のリモート登壇でした。テクノロジーの進歩を手放しで喜ぶのではなく、それが社会に何をもたらすのかを問い直す。そんな批評的な空気が会場を支配していました。

2023年:『生成AIとの協働』の時代
パンデミックを経て4年ぶりに訪れたリスボンで僕が目撃したのは、2019年とは全く質の異なる、爆発的なエネルギーでした。世界を「生成AI」が席巻し、政府レベルではAI Actなどルール制定の動きが加速する一方、民間スピーカーたちの論調は驚くほどポジティブでした。2019年のGDPR下のような萎縮はなく、規制をガードレールと捉え、「ルールの中でいかに最大のパフォーマンスを出すか」という力強い意志に満ちていました。「AIは人間を代替するものではなく、能力を拡張するツールであり、アシスタントである」。この共通認識が、会場の希望に満ちた空気の源泉でした。

2024年:『AIとコスト』の時代
そして直近の2024年。AIへの熱狂は、より現実的なフェーズへと移行しました。誰もがそのポテンシャルを信じながらも、次に直面したのは「コスト」という名の重力です。AIを動かす膨大な電力、データセキュリティ、そして著作権の問題。MicrosoftがAIインフラの究極的な解決策として「核融合」に期待を寄せると語ったのは象徴的でした。もはや技術は単一領域では完結せず、社会インフラ全体を巻き込んだ複雑な課題となっているのです。希望に満ちた活用論から、持続可能な社会実装へ。議論はより切実で、地に足の着いたものへと変化していました。
このダイナミックな変遷こそが、Web Summitの真骨頂です。未来は予言されるものではなく、ここで交わされる無数の対話によって、その輪郭を少しずつ現していくのです。では、それぞれの年で具体的に何が語られ、僕が何を感じたのか。記憶の旅を始めましょう。
【本編】Web Summit定点観測:3つの時代の記録を巡る旅
2019年:黎明の記憶 – データとプライバシーが激突した日
僕のWeb Summitの旅は2019年に始まりました。それは、デジタルマーケターとして「データ」の力を信奉しながらも、その光と影の両面を直視せざるを得なくなった時代です。会場の誰もが口にする「GDPR」という言葉。それは、テクノロジー企業、特にGAFAに代表されるアメリカの巨人たちに対する、ヨーロッパからの明確な意思表示でした。EUの競争政策担当委員マルグレーテ・ベステアー氏が語るGDPRの重要性には、テクノロジーを市民の手に取り戻すのだという強い意志が感じられました。

その年のハイライトは、間違いなくオープニングセレモニーでのサプライズ、エドワード・スノーデン氏のモスクワからのライブ登壇です。国家による監視と個人のプライバシーという、テクノロジーが突きつける最も根源的な問い。その当事者がスクリーンに現れた瞬間、MEOアリーナの巨大な空間は、割れんばかりの拍手と異様な緊張感に包まれました。これこそが、僕がリアルな場に求めていた熱量でした。Web Summitは、未来の技術をただ称賛する場ではない。それが社会といかに向き合うべきかを問う、真剣な議論の場なのだと痛感させられた瞬間です。
しかし、議論ばかりではありません。会場の外に出れば、世界中から集まった参加者がフードトラックに列をなし、ポルトガルの陽光の下でビール片手に談笑している。僕も熱々のフライドポテトに濃厚なソースとチーズがかかったB級グルメを頬張りながら、この解放感を満喫しました。知的な刺激と、旅ならではの高揚感が混じり合う、得難い体験。このコントラストこそがWeb Summitの魅力なのです。
この2019年に提示されたトレンドは、5年後の今、驚くほど的確に現実のものとなっています。P&Gが語っていたプライバシーへの配慮は、今や企業の必須条件となり、H&MやIKEAが掲げたサステナビリティ目標は事業戦略の中核に。JPMorganやIKEAが語ったD&Iは、企業の競争力そのものになりました。そして、Amazonが描いたAIの未来像は、現在の彼らの事業神経網の設計図そのものでした。Web Summit 2019は、まさに未来への羅針盤だったのです。
僕がなぜこの旅に出たのか、その原点にある個人的なエピソードや、2019年に議論されたトレンドが5年後の今どうなっているかの詳細な分析については、こちらの記事で詳しく語っています。
→ 【web summit 2025】2019年の分野別トレンドを5年後のいま徹底解剖|社会とテックの接点とは?
2023年:AIの夜明け – 新たな熱狂とコンテクストの探求
4年の時を経て、パンデミックという未曾有の事態を乗り越えた世界で、僕は再びリスボンの地に立っていました。2023年、世界は「生成AI」一色に染まっていました。2019年の「規制」を警戒する空気とは真逆の、底抜けに明るく、ポジティブなエネルギーが会場全体を支配していたのが印象的です。もちろん、EUは「AI Act」の制定を急いでいましたが、スピーカーたちはそれをイノベーションの足枷とは捉えていませんでした。むしろ、健全な発展を促すガードレールとして受け入れ、「このルールの中で何ができるか」を競い合っているように見えました。

この年の議論を貫いていたのは、「生成AIはあくまでツールであり、人間のアシスタントである」という確固たるコンセンサスでした。Wikipedia創設者のジミー・ウェールズ氏はAIを「Wikipediaを改善するツール」と断言し、ブランディングエージェンシーWolff OlinsのCEOは「人間とAIがチームを組むことで創造性が拡張される」と語りました。AIが人間の仕事を奪うというディストピア論ではなく、人間の能力を拡張するパートナーとして捉える視点。これが、会場の圧倒的なポジティブさの源泉だったのです。
では、そのツールをビジネスでどう使うのか?議論は二つの大きなマーケティング課題へと収斂していきました。「クッキーレスへの対応」と「Z世代(GEN-Z)の攻略」です。個人の追跡が困難になり、スペックよりも「共感」を重視するZ世代にどうアプローチするか。その答えが、生成AIにありました。AIを使って彼らが生きるカルチャー、つまり「コンテクスト」を深く理解し、そのインサイトに基づいて彼らに響くコンテンツを高速で生成する。さらに、そのコンテンツを「メタバース」という新たな舞台で体験させる。アリババが披露した、商品企画からマーケティング、物流までをAIでほぼ自動化する構想は、そのラディカルな未来像を示して衝撃的でした。
2019年が「社会 vs テクノロジー」の対立構造だったとすれば、2023年は「人間 × AI」の協働の時代の幕開けでした。最終的に問われるのは、AIという最高のツールを手に、どのような「問い」を立て、どのような「文脈」を創造するか。私たち人間の能力そのものなのだと、強く感じさせられました。
2019年との空気感の劇的な変化、そして生成AIがマーケティングやクリエイティブの現場をどう変えていくのか。その具体的な議論の詳細は、こちらの速報レポートにまとめています。
→ 【Web Summit 2023 レポート】Web Summit 2025 参加前に必読!生成AIが変えた世界の潮目と未来のコンテクスト
2024年:現実との対峙 – AIのコストという重力
2023年の熱狂から1年。2024年のWeb Summitの空気は、少しだけ落ち着きを取り戻し、より現実的な課題へとシフトしていました。その中心にあったのが、紛れもなく「AIとコスト」の問題です。生成AIの巨大なポテンシャルを、いかにして持続可能な形で社会に根付かせるか。この切実な問いが、会場のあらゆる場所で議論されていました。
その象徴が、Microsoftの基調講演です。彼らはAI活用に不可欠な巨大データセンターの膨大な電力消費を認め、その究極的な解決策として「核融合」への期待を語りました。最先端のソフトウェアが、究極のハードウェア技術のブレークスルーを待っている。テクノロジーの進化が、もはや単一の領域で完結しない複雑な依存関係の上にあることを示す、壮大な構図です。電力だけでなく、機密性の高いデータを扱うLLMの「データセキュリティ」というコスト、そして計算処理を最適化する「4ビット化」のような地道な技術的アプローチも、重要なテーマでした。

また、法や倫理の問題もより深刻な形で立ち上がってきました。「生成AIと著作権」です。「AIに著作物を学習データとして入力した瞬間、そのデータは制作者の手を離れる」という法律専門家の見解には、僕自身、コンテンツ発信者として背筋が凍る思いがしました。創造性の源泉であるクリエイターへの対価をどう設計するのか。社会はまだ、明確な答えを持てていません。

一方で、マーケティングの世界では「ファネルマーケティングの終焉」がはっきりと語られました。SNS、口コミ、動画、リアル店舗を複雑に行き来する現代の顧客に対し、直線的なモデルはもはや通用しない。そして面白いことに、デジタル広告の知見がリアルな世界に逆流し、屋外広告(OOH)がデータドリブンで進化を遂げているというのです。世界中の学生アスリートとスカウトをAIで繋ぐスタートアップ「Scoutz」のピッチも、テクノロジーが機会の不平等を是正する好例として心に残りました。
歩き疲れて立ち寄ったフードエリアで食べた、焼きたてのワッフル。その驚くほどフワフワな食感と優しい甘さが、思考で飽和した頭を癒してくれました。最先端の議論の合間に、こんなにもアナログな幸福感に満たされる。このギャップこそが、Web Summitの、そして旅の醍醐味なのかもしれません。
AIの熱狂が現実のビジネスとどう向き合い始めたのか、その最前線の議論と、来たる2025年に向けて私たちが何を準備すべきか。その核心に迫るレポートはこちらです。
→ 【Web Summit 2024 レポート】AIの次なる焦点は「コスト」へ。リスボンで見たテクノロジーの未来と2025年参加前に知るべき全貌
Web Summit 2025 参加のための完全ガイド:準備から楽しみ方まで
さて、ここまでの定点観測レポートを読んで、来年のWeb Summit 2025への参加意欲が高まってきた方もいるのではないでしょうか。ここでは、僕自身の複数年にわたる体験(時には失敗談も!)を基に、参加を現実にするための実践的なガイドを、集約してお届けします。
旅の計画とチケット確保の極意
航空券と宿泊:日本からリスボンへの直行便はないため、どこかの都市を経由します。僕は初参加の時、個人的な思い入れからロンドン経由を選びましたが、帰国便が高騰し、ヘルシンキ経由を選んだという経験があります。ルートや時期によって価格は大きく変動するので、早期の比較検討が不可欠です。宿泊場所は、夜のイベントやネットワーキングを重視するなら中心部のバイシャ・シアード地区、朝のセッションに集中したいなら会場(MEOアリーナ)周辺がおすすめです。会期中は非常に混雑するため、これも早めの予約が吉です。
チケット:Web Summitのチケットは高価ですが、賢く手に入れる方法があります。まず鉄則は「一日でも早く買う」こと。開催が近づくにつれて価格は上昇します。Super Early Birdなどを狙いましょう。また、同僚と参加するなら「2-for-1(1人分の価格で2人参加)」オファーは必見。さらに、一度参加すると翌年用の「半額チケット」のオファーが届きます。リピートするならこれ以上ない選択肢です。何を隠そう、僕も2025年のチケットはこの半額オファーで確保済み。もしご興味があれば、citynomix@photomo.blogまでご連絡ください。クーポンコードを共有できるかもしれません。
成功の鍵を握る準備と現地での立ち振る舞い
公式アプリは必須:本当の準備は、公式アプリをダウンロードしてから始まります。全セッションのスケジュール確認、参加したい講演のリストアップはもちろん、出展企業や参加者リストの閲覧、そしてチャットでの直接コンタクトが可能です。僕は事前に複数の企業から連絡をもらい、現地でのミーティングに繋げました。Web Summitは、能動的に動く者にこそチャンスが訪れる場所なのです。
現地での動き方:リスボン空港に到着したら、まず特設カウンターでリストバンドとIDパスを受け取ります。これが無いと会場には入れません。市内の交通機関が割引になる「リスボアカード」もここで買っておくと便利。会場のMEOアリーナへは、時間に十分な余裕を持って向かってください。入場時のセキュリティチェックは長蛇の列ができます。見たいセッションを逃さないためにも、最低30分、できれば1時間前の到着を強く推奨します。また、大きなバックパックは別レーンに回され時間がかかることがあるので、荷物は身軽なボディバッグ程度がスマートです。
CityNomix流・Web Summitの楽しみ方
知のシャワーを浴び続ける合間には、息抜きも重要です。ランチは会場内外のフードトラックが絶対におすすめ。世界各国の味が楽しめ、僕が食べたフライドポテトやワッフルは最高の思い出です。そしてWeb Summitの素晴らしい点は、会場でアルコールが提供されていること。ポルトガルの陽光を浴び、冷たいビールを片手に世界最先端のテックトークに耳を傾ける。この解放感と知的好奇心が交差する瞬間は、日本では味わえない醍醐味です。また、ランチの列やコーヒーブレイク、夜のイベント「Night Summit」など、あらゆる場所が出会いの場。少しの勇気を持って話しかけてみてください。オープンでいることが、思わぬビジネスチャンスや新たな友情に繋がります。
今回の旅の記録
名称 | 公式リンク | 住所 | 特徴 |
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Web Summit 2019 レポート | 記事へ | リスボン, ポルトガル | GDPRとプライバシーが最大のテーマ。エドワード・スノーデンが登壇し、テクノロジーと社会の緊張関係が浮き彫りに。5年後の今、当時のトレンドがどう結実したかを徹底解剖。 |
Web Summit 2023 レポート | 記事へ | リスボン, ポルトガル | 生成AIへの熱狂が世界を席巻。「AIはツール」という共通認識のもと、クッキーレス時代やZ世代攻略といったマーケティング課題への活用法が議論された。 |
Web Summit 2024 レポート | 記事へ | リスボン, ポルトガル | AIの熱狂から一歩進み、「コスト」という現実的な課題に焦点が当たる。電力、セキュリティ、著作権など、持続可能な社会実装への模索が始まった。 |
結論:未来を識る旅路の先に
リスボンでの数年間は、僕にとって思考のシャワーを浴び続けるような時間でした。2019年の「データ vs 規制」、2023年の「生成AIとの協働」、そして2024年の「AIとコスト」。この定点観測を通じて見えてきたのは、テクノロジーが一直線に進化するのではなく、社会との対話、期待、そして衝突を繰り返しながら、螺旋を描くように未来を形成していくダイナミックな姿です。
Web Summitは、未来を予言する水晶玉ではありません。世界中から集まった人々の知性と熱気がぶつかり合い、未来のあるべき姿についての「コンセンサス」を形成していく、巨大な実験場です。だからこそ、そこに身を置き、空気を吸い、人と話し、議論の渦に飛び込む価値があるのです。
テクノロジーは、もはやそれ自体が目的ではなく、私たちの生活を、そして社会をより良くするためのツールに他なりません。そのツールをどう使いこなし、どんな未来を創造していくのか。その問いの答えは、誰かが与えてくれるものではなく、私たち一人ひとりが見つけ出すものです。この長く、しかし濃密なレポートが、あなたが次の一歩を踏み出し、Web Summit 2025という未来の交差点に立つための、小さなきっかけになることを願ってやみません。
リスボンで、あるいは世界のどこかの街角で、あなたとお会いできる日を楽しみにしています。
公式サイト: https://websummit.com/
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