【ヘルシンキ 図書館】偶然見つけた知の神殿。フィンランド国立図書館の教会のような建築美と光に心奪われる。

予定外の発見が生んだ、忘れられないヘルシンキの図書館体験

旅とは、時に計画通りに進まないことこそが醍醐味なのかもしれない。ヘルシンキの澄んだ夏の朝、私はホテルセント・ジョージでの素晴らしい朝食を終え、意気揚々とハカニエミ・マーケットへと向かった。しかし、私の足取りはすぐに軽い失望へと変わる。時刻が早すぎたのだ。目当ての土産物屋は固くシャッターを下ろし、活気ある市場の姿はどこにもない。満腹の胃では、屋台の匂いに誘われることもできず、私はしばし途方に暮れた。

「さて、どうしたものか」。こんな時こそ、街のランドマークにご挨拶に行くに限る。そう思い立ち、私はヘルシンキ大聖堂へと舵を切った。地下鉄に乗り込むと、そのクリーンで機能的な雰囲気は、どこかリスボンの地下鉄を彷彿とさせる。改札のないシステムは旅行者にとって実に快適だ。目的地へ向かう地下道は深く、広く、まるで街の地下にもう一つの世界が広がっているかのようだった。

地上に出ると、真夏の日差しが容赦なく照りつける。ヘルシンキ大学の知的な建物を横目に、白亜の殿堂、ヘルシンキ大聖堂が見えてきた。その壮大さは相変わらずだが、残念ながら一部はまだ工事の覆いに隠されている。それでも、この元老院広場を取り囲むクラシカルな建築群の調和は、何度見ても美しい。

ふと、私の視線は大聖堂の隣に佇む、控えめながらも威厳のある建物に吸い寄せられた。周囲に案内板は見当たらない。好奇心に駆られGoogle Mapを開くと、そこに表示された名前に私は息をのんだ。「フィンランド国立図書館」。2019年の訪問時には全く気づかなかった存在だ。近代的な中央図書館Oodi(オーディ)はリストに入れていたが、こんな歴史的な知の神殿が、まさか大聖堂の真横にあったとは。

入口はどこだろうか。重厚な木製の扉を見つけたが、あまりに小さく、これがメインエントランスとは思えない。しかし、他にそれらしきものは見当たらない。扉の表示をよく見ると、「車椅子の方はこちらへ」という案内が。ということは、ここが入口で間違いないらしい。期待と少しの不安を胸に、私はその扉を押した。

フィンランド国立図書館の入り口。淡い黄色の壁の建物の前にある、2本の大きな白い円柱に挟まれた茶色い木製の両開きドア。
重厚な扉と白い円柱が印象的なフィンランド国立図書館の入り口。

荘厳な空間が広がるヘルシンキの図書館、その建築美に圧倒される

回転扉を抜けると、穏やかな表情の警備員が座っていた。彼に促され、手荷物をロッカーに預ける。少し蒸し暑いロッカールームで身軽になり、再び彼の元へ。「入っていいよ」という合図と共に、私は奥の扉を開けた。その瞬間、目の前に広がった光景に、私は全ての言葉を失った。

そこは、図書館というより、荘厳な教会そのものだった。静寂が空間を支配し、私の足音だけがかすかに響く。視線は自然と上方へ導かれ、そこに広がる天井の装飾に釘付けになった。「息をのむ」という言葉は、まさにこの時のためにあるのだろう。心の中で「うわー」と叫びながら、私はただ立ち尽くす。金色の装飾が施されたドーム、緻密に描かれたフレスコ画、優雅な曲線を描くアーチ。そのすべてが完璧な調和を保ち、知の神殿としての威厳を放っていた。

フィンランド国立図書館の内部。下から見上げた、フレスコ画や金色の装飾が施された壮麗なドーム天井と、本が並んだ書架。
息をのむほど美しい、フィンランド国立図書館の壮麗なエントランスホール。

ヘルシンキ大聖堂の内部も確かに美しい。しかし、この空間が持つ、人を惹きつけてやまない力は格別だ。それは単なる美しさではなく、積み重ねられた時間と知性が醸し出す、一種のオーラのようなものだった。しばらくその場に佇んでいると、他の訪問者が写真を撮りたそうにしているのに気づき、我に返って場所を譲った。

フィンランド国立図書館の見どころは息をのむ建築美

エントランスホールだけでも訪れる価値は十二分にあるが、このヘルシンキの図書館の魅力はそれだけにとどまらない。一歩足を踏み入れると、まるで映画『ハリー・ポッター』の世界に迷い込んだかのような、クラシカルで洗練された図書スペースが広がっている。革張りの古書が並ぶ書架は、それ自体が芸術品のようだ。

図書館の豪華絢爛なドーム天井を見上げた写真。金色の幾何学模様や神話の生き物の絵画で装飾されており、下部には書棚が写っている。
エントランスを見上げると吸い込まれそうな天井に目を奪われる。

特に天井の装飾は圧巻だ。幾何学的な模様と神話をモチーフにした絵画が、まるで天上の世界を映し出しているかのよう。一つ一つのディテールに目を凝らせば、そこには鷲や白鳥といった生き物たちが生き生きと描かれており、時間を忘れて見入ってしまうほどの精巧さだ。これこそ、ヘルシンキの美しい建物の中でも特筆すべき芸術作品と言えるだろう。

豪華な装飾が施されたドーム型の天井を真下から見上げた写真。中央には金色の花の飾りがついた格天井が広がり、その周りの三角形のスペースには白鳥や鷲などの絵が描かれている。
思わず息をのむ、壮麗な天井画と建築美。

さらに奥へと進むと、また別の感動が待っていた。楕円形の大きな吹き抜け空間。その最上部にはガラスの天窓が設けられ、そこから降り注ぐ自然光が、何層にも重なる回廊と書架を優しく照らし出している。フィンランド建築は、光を巧みに取り入れることで知られるが、ここでもその哲学が見事に体現されていた。静寂に満ちたこの空間で光を浴びていると、心が洗われるような感覚に包まれる。

楕円形の吹き抜けを下から見上げた写真。最上部には大きなガラスの天窓があり、各階の回廊には装飾的な手すりと暖かい色の照明がついている。
天窓の光が照らす、静謐な楕円空間。

静かな環境を求めるなら、ヘルシンキ観光の穴場スポット

この光の吹き抜けを上から眺めてみたい。そう思い、私はエレベーターを探した。案内板を見ると、この図書館は6階建てで、カフェやトイレも完備されていることがわかる。多言語表記とピクトグラムは、旅行者にとって非常に親切だ。

図書館のエレベーター横にある階数案内板。フィンランド語、スウェーデン語、英語で各階の分野が記載されている。
多言語対応の親切なフロアガイド。ピクトグラムでトイレの場所も一目瞭然。最上階の6階へ行ってみよう。

迷わず最上階の6階へ。そこから吹き抜けを見下ろすと、幾何学的な螺旋を描く回廊の美しさに、再びため息が漏れた。下から見上げた時とはまた違う、構造的な美しさがそこにはあった。天窓から差し込む光が、この壮大な空間の隅々まで生命を吹き込んでいる様子を間近に感じることができる。

図書館の吹き抜けを上層階から見下ろした写真。楕円形の回廊が何層にも重なり、螺旋状の構造を作り出している。
6階から見下ろす、吸い込まれそうな螺旋の回廊。

この図書館は、ただ美しいだけではない。至る所に、利用者のための思慮深いデザインが見られる。窓際にはたくさんの読書スペースが設けられ、一人で静かに思索にふけることができるコーナーから、複数人で利用できるテーブル席まで、多様なニーズに応えている。どの席も、天窓や大きな窓から差し込む柔らかな光に包まれており、最高の読書環境を提供している。

図書館の円形閲覧室にある、鉄のフレームで格子状に区切られた巨大なドーム型ガラス天窓を見上げた写真。下には円形に配置された書架が見える。
天窓から降り注ぐ柔らかな光が美しい。

シンプルながらも温かみのある木製のデスクと椅子。蔵書を確認するための小さなコーナーでさえ、ミニマルで美しい。古い図書館にありがちな埃っぽさは一切なく、すべての本が愛情を込めて手入れされているのが伝わってくる。それは、フィンランドの人々が持つ知性への敬意と、日々の暮らしの豊かさの表れなのかもしれない。

窓際に置かれた机と椅子。型板ガラスの窓から柔らかな自然光が差し込む、落ち着いた雰囲気の部屋。
蔵書を確認できるコーナー。シンプルで美しい。
窓際に勉強机が並ぶ静かな図書室。天井には大きな白いダクトが通り、左手には本棚が見える。
読書スペースがたくさん用意されている。
暖かい照明が灯る図書館の一室。通路の両脇に本が詰まった濃い茶色の本棚が並び、奥の窓際には複数人で使える木製のテーブルと椅子が置かれている。
複数人で利用できる、落ち着いた雰囲気の読書スペース。

ヘルシンキの図書館、Oodiだけじゃない選択肢

ヘルシンキの図書館と聞いて、多くの人が近未来的なデザインで有名な中央図書館Oodi(オーディ)を思い浮かべるだろう。Oodiが「未来のリビングルーム」として、3Dプリンターやレコーディングスタジオまで備えた革新的な空間であることは間違いない。その設計思想や機能性は、まさに「世界一」と称されるフィンランドの図書館文化の象徴だ。

しかし、今回偶然訪れたフィンランド国立図書館は、Oodiとは対極の魅力を持つ場所だった。ここは、歴史と静寂の中に身を置き、じっくりと知の世界に浸るための空間だ。ヘルシンキの図書館建築の多様性を知る上で、この国立図書館は絶対に外せない存在である。もしあなたがヘルシンキ観光で静かな時間を過ごしたいと願うなら、この場所は最高の選択肢となるだろう。

訪問前に知っておきたい基本情報

この素晴らしい体験を、ぜひあなたにも味わってほしい。最後に、訪問の際に役立つ情報をまとめておこう。

アクセスと開館時間

フィンランド国立図書館は、ヘルシンキ大聖堂のすぐ隣、元老院広場に面している。アクセスは非常に良いが、前述の通り入口が少し分かりにくいので注意が必要だ。開館時間や休館日は公式サイトで確認することをおすすめする。

公式サイト: https://www.kansalliskirjasto.fi/en

Google Map:

所要時間と注意点

見学の所要時間は、じっくり建築や雰囲気を楽しむなら1時間から1時間半ほど見ておくと良いだろう。写真撮影に夢中になると、あっという間に時間が過ぎてしまう。入館は無料だが、大きな荷物は入口のロッカーに預ける必要がある。館内は非常に静かなので、会話は控えめに、静寂を尊重しよう。

まとめ:偶然の出会いが教えてくれた、ヘルシンキの図書館の奥深さ

ハカニエミ・マーケットでの空振りから始まった一日は、結果的に、ヘルシンキで最も心に残る体験の一つへと繋がった。フィンランド国立図書館は、単なる本の保管場所ではない。それは、フィンランドの歴史と知性が凝縮された、生きた芸術作品だった。教会のような静寂の中で、天窓から降り注ぐ優しい光を浴びながら過ごした時間は、私の旅に深い思索と安らぎを与えてくれた。

もしあなたがヘルシンキを訪れるなら、Oodiだけでなく、ぜひこの国立図書館にも足を運んでみてほしい。そこには、現代的な利便性とは異なる、時代を超えた普遍的な美と静寂が待っている。さて、知的な刺激で心も満たされたことだし、そろそろランチの時間だ。次は、目と鼻の先にあるカフェエンゲルで、大聖堂を眺めながら食事を楽しむことにしよう。

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